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メーデーですね

2018-05-01

メーデーとは

 

メーデーを英語にすると「May Day」で直訳すると「5月の日」です。

このメーデーとは、世界各地で毎年5月1日に行われる祭典で、西ヨーロッパ生まれの言葉で夏の訪れを感じさせる日を祝うための日でした。

わかりやすく言うと、労働者や経営者が共に休んで夏の訪れをお祝いしようという意味が込められていました。

しかし、一方の旧東側諸国などではその意味が異なり、労働者側が権利行使をする日として捉えている国もありました。

時代の流れと共にメーデーは「労働(者)の日」(Labour  Day)と言われるようになり、その国の独自の労働の日を定めているため、International  Labour  Dayと言われることもあります。

 

日本でのメーデーの始まりは?

 

日本ではどのようにメーデーが始まったのでしょうか?

日本でのメーデーの始まりは、1905年に社会主義結社の平民社が開催した「茶話会」と呼ばれるものでした。

これは、アメリカなどの労働者が主体となって権利主張をするメーデーとは違い、政治結社が労働組合に声をかけて人を集めたたものでした。

その後、1920年に日本第一回メーデーが上野公園で開催されましたが、日本とは合わなかったのか1936年にメーデー開催が禁止されてしまいました。

そらからメーデーには何も行われなくなりましたが、1946年の第二次世界大戦敗戦の翌年に11年ぶりにメーデーが復活し、通算17回大会として盛大に開催されました。

このメーデーは別名「食糧メーデー」や「飯米獲得人民大会」と呼ばれ、東京の宮城前広場に50万人、全国では100万人が集まりました。

当時は第二次世界大戦敗戦後で深刻な食糧不足であったため、わかりやすく言うと「何か食べさせろ~!」という要求が中心でした。

5月12日には、「米よこせ!」と叫ぶ市民が宮城内に入って、19日には「食糧メーデー」が25万人を集めて行われて、民主人民政府の樹立が決議されました。

それ以降のメーデーは、社会主義のような政治活動意味合いが強くなり、現在の日本のメーデーの形が出来てきました。

現在の日本のメーデーは、「労働者の祭典」と呼ばれる日本労働組合総連合会が主催する集会で、デモ行進をして労働者の権利を訴えています。

世界的に見ればメーデーは5月1日ですが、日本では祝日ではないため労働者が集まりやすい、5月1日の直前の土日に開催日を設定することが多いそうです。

日本で起きたメーデーは世界各国で起きたメーデーとは起源も大きく違うことがわかりました。

 

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